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予科練とは

1930年(昭和5年)6月1日。全国の志願者から厳選された79名が第一期海軍予科練習生(少年航空兵)として横須賀海軍航空隊練習部に入隊したのが制度の始まり。 平均年齢は15歳。少年たちの多くは貧しい家庭の出身であったが、頭脳と精神力は他を圧倒していた。

尚、この予科練習生は昭和11年12月から「飛行」の文字を冠し"飛行予備学生"と改称され、12年に新たに甲種飛行予科練習生の制度がつくられてから、"乙種飛行予科練習生"となり、19年度採用の第24期まで入隊した。


■主な内容

T 序文 老兵予科練は生きる

全国数多の青少年たちが志願して祖国の防衛と繁栄を願い、予科練卒業生の多くが迫る国難に身を挺し、尊き若き命を散華させていったあの時代・・・。
あれから幾星霜、この国の社会は激変した。社会性も道徳もモラルも崩れ去り、最早数十万の英霊の声なき声に耳を傾けるものはいない。

この国はどうしてしまったのか!何処へ行こうとしているのか!祖国を愛するが故の、著者"老兵予科練"の現代日本への苦言。

著者、田中恭治氏は第一岡崎海軍航空隊予科練習生八期生(乙種第24期生)であり、正に"最後の予科練"であった。

 

U 憧れの七つボタン回顧録

あどけなさが残る14歳の紅顔の少年(著者)が、国難に臨み予科練に入隊した"若鷲"の記録。

   人情に篤い高等科教師とその仲間達。 

   母親との別れに際し握った手の忘れ難きぬくもり。

   そして予科練での超人的訓練の日々。

   束の間の休息と仄かな恋心。

   特攻訓練中の殉職、突入により戦死していった仲間。

   国家存亡の危機に黙々と戦い殉じていった仲間達の群像。

   「予科練」とは煌めく閃光であったのか・・・・。

 

V 資料編

   予科練の戦史概要

   敷島隊特攻攻撃

   最後の特攻出撃隊

   軍人に賜りたる勅諭

   写真資料

   年表

 

 

※本文サンプル(pdfファイル)


著者紹介/田中 恭治(たなかやすはる)

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  • 昭和4年4月6日生まれ
  • 昭和19年3月 高等小学校卒業
  • 昭和19年12月15日 第一岡崎海軍航空隊入隊 第八期飛行予科練習生(佐志飛三五二四八)
  • 昭和21年8月 新日鉄入社
  • 昭和54年 新日鉄化学及び協力会社へ出向
  • 平成10年 同上退社
  • 新日鉄在職中から、句集や詩集を多数創作
  • 現在 大阪府泉南市に在住


第第大一岡崎海軍航空隊飛行予科練習生

販売価格
1,260円(税込、送料別)
体  裁
四六判 並製 240頁
発行日
発売中